天と地とテノチティトラン2

私はロボットではありません

脳内予測変換に関する研究⑴

19XX年、時の首相、赤見内宗一郎はある国家的課題に直面していた。

この頃急速に増加していた、いわゆる「ヤミ屋台」におけるおでんの「巾着」の中身についての問題である。

 

今でこそ巾着の中身といえば餅、と誰もが口を揃えるものであるが、当時は高度経済成長以前ということもあり、また巾着の中身についての統一見解が存在していなかったために多くのヤミ屋台では巾着の中身にはんぺんやら何やらよくわからないものを入れて提供することがしばしばあった。

 

赤見内首相はこれに危機感を抱き臨時国会を召集。ヤミ屋台の実態について自ら調査を行いヤミ屋台特措法案を提出したが、衆議院にて野党の猛反発を受けた挙句、与党の大御所議員が去り際に新聞記者に向けて放った「あほくせえ」というキラーワードもあいまって逆に内閣不信任決議案が可決。赤見内首相は即日衆議院を解散させた。(「あほくせえ解散」。)

 

これに懲りない赤見内首相は、当時日本で餅巾着のシェアNo. 1を誇った佐藤吉三郎商会(のちの(株)サトキチ)の佐藤吉三郎会長に働き掛け、「♪巾着といえばサトキチの〜餅巾着〜」というラジオCMの制作を依頼。しかしどちらかと言えば餅単体で売り出したい息子の現社長・佐藤譲吉氏との間で意見の相違が生じ、すんでのところでCM計画はお蔵入りに。制作費をポケットマネーから援助していた赤見内首相は約150万円(現在の貨幣価値にして約1500万円)をドブに捨てる形となった。

 

しかし赤見内首相の受難はこれで済まなかった。現首相のポケットマネーが一企業へ渡っていたという情報を掴んだ野党は通常国会にて再度内閣不信任決議案を提出し可決。赤見内首相は「あそこの親子は仲が良いと思っていた」とコメントし、即日衆議院を解散させた。(「おこづかい解散」。)

 

万事休すかと思われた赤見内内閣であったが、解散後に行われた夕陽ヶ丘新聞社による世論調査では内閣支持率が驚異の94%を記録。餅巾着と思って注文したが実際はがんもどきだった、中に何も入っていないかんぴょうを結んだ薄揚げを食わされた、など新聞社には連日連夜多くの投書が寄せられ、次に開かれた国会の予算委員会では与党議員によってそれらが一枚一枚読み上げられるという一幕も。世論は完全に赤見内首相に味方し、同国会にて念願のヤミ屋台特措法成立並びに国家予算としておでんを提供する飲食店経営者には餅巾着助成金を交付することが決まった。その年の流行語に「あなたの巾着には餅が入っていますか」がノミネートされ、全国の小学校ではお正月明けの登校日に給食袋の中に餅を入れてくる生徒が続出、教師も入れっぱなしではカビが生えると言い出しストーブの上でめいめいに餅を焼いて楽しんだという。

 

のちに「巾着宰相」の愛称で親しまれた赤見内元首相。

生前、本紙の記者に対してこのような言葉を残している。

 

「巾着の中身ってね、一見何かわからないでしょう。はんぺんなんか入ってたら最低じゃない。そういう意味ではね、食べる前の方が幸せなのかもしれないよね。巾着に限ってはね。」

 

赤見内宗一郎、享年89。餅を喉に詰まらせてその生涯を閉じた。

 

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