天と地とテノチティトラン2

私はロボットではありません

エヴィシン・ガナ・ビオーライ

冬にやられている。

 

毎年の如く、身も心も冬に冷えきってしまう。

心の末端冷え症で何も考えられなくなっていた。

 

「もうどうにでもなれ」と思うのが夏ならば、

 

「もうどうにもならない」と思うのが冬。

 

冬はゆっくりと確実に我々を殺す。

 

 

 

 

さて、今から俺の心の下層部にある重要な小部屋の鍵を開けようと思う。そこには暖かさのかけらも無いが、そもそも今日は部屋の中でも凍えるほどに寒いので許して欲しい。気分を害された方は、その時点で即刻これを読むのをやめた方がいい。これは警告だ。

 

 

 

 

 

 

俺は常に、死について考えている。

 

 

 

 

 

死ぬのが怖い、とずっと思う。

 

それは小学4年のときに、インフルエンザにかかったことを初めて自覚した時からだ。その当時の俺は、インフルエンザは高確率で人を殺すと思っていた。

 

とてつもなく怖かった。生きている、以外の状況になる事が想像できなかった。想像できない漠然とした恐怖は想像できる具体的な痛みとは比べ物にならないほど心臓をキリキリと握り潰した。

 

意識がなくなるのが怖い。土曜日の昼間に居間でぽつり。新喜劇でひとつも笑えなかったのは初めてだった。

 

その時から毎日、寝る前に死んでいる状態の想像をした。頭がおかしくなりそうだったが、小さな脳みそで懸命に死を理解しようとした。でもそれはいつも失敗して、恐ろしい寒気しか残さなかった。成長してもそれは変わらなかった。授業中にそれを思い出してしまい、体調が悪くなって保健室へ行ったこともしばしばあった。そしてそれは、たしか高校生くらいまで続いた。

 

 

その頃になると、死は身近なものになった。

 

自分より2世代上の人間たちが続々に死んでいった。

 

最近まで話をしていた人も、容赦なく死んだ。

 

 

 

 

 

何故、死ぬのに、生きているのだろうか。

 

それがわからなかった。

 

今もわからない。

 

全ては同じ結末を迎えるのに。

 

 

 

 

でも、それは今思えば自分自身が幸福だったからこその疑問だったのかもしれない。あるいは無知だったから。

 

死は解放だと考える人もいる。辛い現実に死を夢む人もいる。マイナスをゼロに戻してくれると。

 

 

 

だがそれは、俺には納得できない。

 

死は圧倒的に死だ。死んだら灰になるだけだ。そこにはプラスもマイナスも、ましてやゼロの概念もない。何も残らない。

 

 

 

 

 

アホくさくないか?

 

 

富も名声も何もかも、最終的には死。

 

 

頑張らなくてよくないか?

 

 

 

いつしかそんな気がしてきた。

 

失敗も恥も苦悩も、全部。灰になるだけ。

 

 

 

それを思うと、なんか楽になった。

 

気負わなくていい。人生に成功も失敗も無い。

良い人生も悪い人生もない。

ましてや、俺が生まれてきた意味なんて、もともと無い。

 

 

 

 

 

ただ、単に、生きて、死ぬだけだ。

決まっているのは、それだけ。

 

 

あとは、君の自由にすれば良いさ。

何も心配いらないさ。

 

君のことを悪くいう奴らも、灰になるだけ。君と同じで、意味もなく生まれてきた人々。

 

 

 

 

 

人と比べるとか、もはやどうでもいいじゃん。

 

 

 

後悔も死んだらなくなるぜ。

 

 

 

灰になるまで、暇つぶししようや。

 

 



夢の中

夢の中