人の話を聞くのは、並大抵のことではない。
それは人生を分けてもらう行為だから。
そして俺は新たな責任を負うこととなる。
何故そうするのだ?
俺は俺の人生で手一杯ではないか。
同情?
そんなもので、容易く見ず知らずの人生を請け負うものではない。
仕事だから?
いやいや、俺の仕事にそのような業務はない。完全に蛇足。無駄な労力。
「もし、私のことが分からなくなっていたとしても、それでも共に過ごしたい。あと少しの時間しか残されていないかもしれない。でも、それが私の人生で唯一の望みだから。」
名前しか知らない人はそう言った。
俺は相槌を打つことしかできない。
俺の中に、見ず知らずの人生が注ぎ込まれて行くのをじっと見つめていた。
予兆?
そのような非科学的思想に立ち寄ったが、どうやらそうでは無いようだった。
予感?
近しいものはある。数十年後に我が身に訪れるであろう美しき悲劇。
俺は澱みなく流れ込むその人の人生を検分しながら、自らの結末を想像していた。
「希望を捨ててはいけないよ」
絞り出すような弱々しい声と裏腹に、その言葉は力強く俺の心に響いた。
「楽しいことが人を生かすから」
気づけば、昼下がりの緩やかな速さを保っていたはずの時計の針は、既に夕方に差し掛かろうとしている。
俺はぐったりと疲れ、何も手につかなくなってしまっていた。
異なる人生は、俺の中で消化されるのを静かに待っている。
時より気泡のように弾けては脳を刺激し、様々な感情を生む。
俺は祈ることしかできない。
あなたのたった一つの望みが叶いますように。
できれば、あなたのことをわかってくれますように。
(2021/4/23の下書きより掘り起こし)